無題

2026年05月10日

この回は、いち合唱団員の思い。(読みたくない方はどうぞすっとばしてください)

3月初めイラン攻撃の報道がされていた頃、私は杉並公会堂のグランサロンでメンデルスゾーン『讃歌』のオーケストラ合わせに合唱団員として参加していました。部屋一杯にひしめき合うオケと合唱団が一体となりその演奏がまさに佳境に入るタイミングで、ふと、、ふと想像してしまった。

グランサロンの高い天井から鉄の塊ミサイルが落ち、床に突き刺さり、合唱団員も楽器も奏者も一瞬でなにもかもが爆撃で粉々になる映像が頭をよぎった。

戦禍に巻き込まれることなく音楽に酔いしれる私たち。片や、ウクライナ、ガザ、イラン等、ここ数年報道で知る紛争地で、この瞬間も望まない戦争に人生を大きく狂わされていく人々。

その落差に愕然としながら、何故だかわからないけれど、生まれて初めて、怒り、悔しさ、悲しさ、自分でもわからないどうしようもない感情で、大好きなメンデルスゾーンを歌ってしまった。

そんな中メサイア基礎練習の募集に携わることになる。

『メサイア』公演は、アフガニスタンで《生命の尊厳》の為に行動した中村哲さんを支えるペシャワール会支援のコンサート。5月からのメサイア基礎練習では、芸術作品を学び深めていくだけでなく、週に2時間半メサイアを勉強することで、自分に何ができるかを考えたい。歌う事で戦争を無くせるとは思わない、ただ時代を超えて演奏され続けてきた芸術作品に触れるその時間だけは、命を授かった生身の人間性を見失わない大切な時間にしようと思う。


奪い合うのではなく、分け合い与え合う方法はないものか。

互いに殺しあい憎みあい破壊しつくした果てに平和な世界が生まれるのか。

報復の連鎖を止める人類の叡智は存在しないのか。

戦の歴史をDNAに埋め込みながら進化した猿は、愚かな殺戮をやめられない。

幼い命、兵士の命、平穏な日々の営みが完膚無きまでに壊されるのをいつまで見なければならないのか。あなたはいつまでそれを許すのか。

血塗られた行為によって出現する未来を、生まれたての赤子の瞳に映す狂気。


今、故・中村哲さんの生涯を『炎と水』で読み、様々な思いがよぎる中、たまたま合唱団事務局を担当するメサイア基礎練習がまもなく始まる。